闘う魂貫く心

あ、ただ単にメタルが好きなだけです

またしても...

 またしてもすっかり間が空いてしまった。小さなことでも、毎日でも更新しようなんて思っていたのが...もう何か月前になるんだろう?

 言い訳はちゃんとありましてね。ちょっとした環境の変化というものがあって、以前ほど気楽に書くことが出来なくなったんですよ。一人でPCの前で落ち着ける時間がなくなってしまったというか、ね。そんな感じですわ。

 

 前回書いたの7月の頭か。あれから色々ありました。楽しいことだってありましたよ。人間椅子の名古屋LIVEに参戦したりね。あれは本当に良いLIVEだった。名古屋観光だってしたし、ちょっとした若手の中々良い感じの楽曲とも出会ったりして。

 

 悪いこともありました。というか現在進行中。相方が体調を崩した、というかなんというかで手術をすることになりそうで。一大事というわけではない様子で、危険な手術では無いのが幸いだけれども。当然大変なのは相方であって、こっちはそれをガっと支えてやるのが筋ってもんなんですがねぇ。その話を聞いた時に自分自身が本当に疲れ果てている時ってこともあって、その話を聞いたショックや心配等も当然あって、今一つびしっとした対応が取れなかったんだよなぁ。情けない。

 

 まぁそんなことを言ったって何も好転しないんだから、今この瞬間からガっと支えて行けば良いことなんだけどもね。そもそも自分自身が情けないなぁ...なんて自己中な落ち込みで相方を救えなければ何の意味もない。こんな当然のこと、文章に書きながらにして初めてちゃんと認識出来た。頭では思っていたけど、やっぱり文字にするとはっきりするね。不思議だなぁ。自分の中で整理することに繋がってるんだろうな。

 

 少しでも楽しいことを書くぞ、と決意したような気もするので楽しいことも。今週末は人間椅子豊洲PIT参戦ですわ。祝SOLD。めでたい。非常にめでたい。もちろん相方とね(今現在が健康体ではあるので)。

 2回目のLIVEを心底楽しんで、Happyになって、相方と手術をびしっと乗り越えて、次の楽しみに向かって進んでいく。なんだ、こんな簡単なことじゃないか。

政治とは...

 政治、とは言ってもそのままの政治ではなく、社内政治のことなんですが、歳を重ねて役割も変わって来るにつれ、社内政治とも無縁ではいられない、という状況が差し迫っている。うわー嫌だなぁ、そんな話。

 

 (社内)政治なんてくだらねぇ、今のご時世、理屈で動いてナンボ、数字で動いてナンボ、なんて当たり前ではありつつも、その数字を読んで判断するのは人間なわけで、結局は政治に振り回されて右往左往することになる。

 ちょっと前なら「あーくだらねぇ」「あいつは解っちゃいねぇ」「馬鹿ばっかりだ」なーんて悪態ついて仕方ない顔してれば良かったんだけど、いつまでもそうは言ってられず。自分もいい加減、「だったらお前が何とかして変えて見せろよ」と言われる歳頃になってしまったとさ。

 

 政治やら駆け引きが得意でない自分のような人間が政治や駆け引きに加わっていくと、世の中の「なんでそうなるんだ?理屈が通らないじゃないか」という負のスパイラルを目の当たりにする。

 

みんな、きっと元々は理屈の通った筋の通った正論を持っている。

けれど、正論通りに動いてくれるほど人間は簡単ではない。

10-5は5、これは絶対だが、10から5を失った残りの5が十分か否か?は絶対ではない。

物事を進めるには発言権が必要だ。職権を持つ人を味方にするか、票数を集めるか。

職権を持つ人を味方にするには、その人にアプローチしなくてはならない。

その人が「うん」と言う情報を練り上げる必要がある。

その人が「うん」と言ってくれるかどうか、が判断基準になり初めるともう戻れない。

手段と目的のすり替わりが何度も連鎖しては、もう初めの志なんて保てない。

むしろ初めの志を優先すればするほど、本懐を遂げる理想からは現実は離れていく。

理想を達成するために手を汚す、手を汚している内に理想は見えなくなり、遠ざかる。

 

 何が言いたいかって言うと、話の通じないあんちくしょうも、理屈の通じないあんちくしょうも、決して馬鹿ではないんだろうな、ということ。それぞれの正義をそれぞれの立場で掲げているだけなんだろうな、ということ。

 異なる意見をすり合わせ、まとめあげ、目指す方向に進めていく。基本中の基本過ぎて口にするのも恥ずかしいが、それを実際にやってのける人、というのは本当に少ない。ということは、そのための確実なメソッドなんて無い、簡単なことでは無いということ。

 そう思うと、何だか逆にワンチャンある気がしてくるから不思議だ。みんなが上手くやれることは、基本的に出来る気がしない。みんなと同じように、真似は出来ない。でも誰しもが上手く出来ないことならば、自分だって出来なくて当然。もしかしたら奇跡的に出来ちゃったりするかもね?なんて最後の最期には少しポジティブになってくる。

 

 うーん、つくづく自分は変な奴だなぁ、と思うよ。

新青年

 ここ最近、色々とありまして。ようやく新青年発売の喜びを記することが出来るくらいの精神状態になりました。

 

 新青年、良いね。何が良いって、すごくモヤモヤする。暗い、陰鬱、辛い。これぞ人間椅子ですわ。もちろん、そうであって重く、激しく、カッコ良く。時には明るく、でも最後はやっぱり重く。人生ってそういうものだよね、なんて言いたくなるような、そんなアルバムに仕上がっております。

 

 具体的な曲のことを書こうとすると、非常に難しい。人間椅子新譜あるあるのごとく、どの曲もファーストタッチは「まぁそこそこ」で、聴くほどに味が出て来て、一旦は「捨て曲なしだなぁ」と思う。そんでLIVEで聴くと、全て一新される衝撃を受けて、自分也の推し曲が出て来る。

 今回共通して思うのは、ゴリゴリのリフが少ない気がすること。悪い意味ではなく、今までは「さぁこれがこの曲のリフだ」と言わんばかりに骨太のリフをバリバリのユニゾンで、という感じが多かったけども、今回は技巧的な?という表現が合うかわからないけども、そんな音が多い気がする。いつものリフが「厚切りステーキ」であるならば、今回のリフは「ローストビーフ」のよう。美味しさもまた方向性が違う、ということか。単純に、ド素人の自分が耳コピするのに掛かる手間が大きめ、ということかもしれないが。

 

 今日の時点でのイチオシは地獄のごちそうだろうか。自分が元々このタイプの曲が好きだったのもあるが、今回はシークレットトラック、しかもあのアルバムのラストの無情のスキャットの後に始まるのが実に良い。

 何とも言えない染み入る人生の仄暗さを味合わせておきながら、最後は何もかも吹き飛ばすようないつものあの感じ。「地獄の虫がやって来て、針を刺して中身吸い取る」うん、ほんと頭の中どうなってんだ(誉)。何回も連呼される「刺して啜る」。啜るだよ、啜る。

 

 恐らく、LIVEに行く頃には私はズダボロの状態になっている。社会に殴られ、ストレスに押しつぶされ、血反吐を吐く思いで仕事をし、週末にLIVEに至る。LIVEの爆音に包まれている間は、本当に何も小賢しいことを考えない「幸せ」に包まれる。ありがたや、ありがたや。

迷い人のお知らせ

 現在私は30代後半。社会で言うところの中堅に差し掛かって来ている。仕事の上でも、そんなようなポジションに付き始めた。

 

 そもそも自分の希望としては、こんなポジションは全く望んでいなかった。責任を負いたくない、そんなキャラじゃない、そこまで負荷を受けながら働いて、苦しみながら生きて行きたくはない。理由はいくらでも出て来る。

 

 その度に葛藤する。それって甘えじゃね?

 

 生きて行くならば、何かを志すならば、上を向いて行きなさいよ、という意味は解る。それが必ずしも管理職的な方向ではないだろう、として。自分にチャンスが与えられている、期待を受けている、というのも解る。

 半面、じゃあサッカーが好きな人は全員プロを目指すべきだろうか?プロを目指さないサッカー好きは存在してはいけないのか?

 

 サッカーが好きとかいいながらプロ目指して無いの?甘えじゃね?

 

 これはまぁ極端例であろう。けれども程度の差があるだけで、言っていることは大差ないのではないか、とも思う。そこで、お決まりの結論が出る。

 

 自分の人生なんだし、自分で考えて結論を出せや、それでいいわ。

 

 うーん、ごもっとも。ごもっともだし結局そうするしかないんだけども...そう簡単には行かないのが世の常なわけで。最近上司も変わり、色々な意味で環境が変わって来た。期待されるものも変わって来ている。今までに無い風が吹いていることへの戸惑いもあれば心地よさもある。今まで培ってきたものも大事にしたいし、自分の中で変えられない芯の部分だってある。そうして色々な環境が巡り巡る中で、結局行き着く場所へ行くしかないんだ、という一種の諦めでもあり、覚悟でもあり、そんなものも持ち始めはいるんだけれども...だ。やっぱり今この瞬間に自分がどちらを向くか、という指針は持っていたい気もするわけで。

 

 何が正解か?という問は、高確率で答えが出ないしもやもやする。どう進めば自分が心地良いか?と考えてしまうと、自分への甘さが出てしまうようでまずい。やっぱり、「どうしたら自分で自分をカッコいいと思えるか?」という物差しが、一番妥当な線であるようにも思うなぁ。

LIVE参戦とは、地方旅行満喫の意である

 新青年のツアー、チケットの一般販売が始まりまして、無事幾つかのLIVEに参戦する予定が立ちました。ということで、旅でございます。

 

 きっと普通はそんなことは無いと思うが、自分にとってLIVE≒旅となる。日帰りなんてもうあまりしない。頑張れば夜遅くの電車で帰れる場所でのLIVEだって、のんびり泊まってしまう。LIVE終わりのあの余韻にひたりながら、足しげく帰宅するでもなく、見慣れない街を歩きながら宿へ向かうあの時間は何物にも変え難い。だから狙い目は金曜日のLIVE。金曜日に半休でも取って参戦し、一泊してのんびるするという算段だ。

 ちょっと遠くまで、と言っても新幹線で3時間くらい先まで遠征することもある。スケジュール的に都合が良い、という理由もあるけれど、大抵は「ついでにそこへ行って遊びたい」という魂胆がある。

 

 自分の中で趣味と言えば、もはや音楽くらいしかない。他にもあれこれやるけれど、お金と時間を掛けて能動的に大きな楽しみを得られるのはLIVEくらいになってきた。それを大いに利用して、LIVEにかこつけてあちこちへ行き、楽しんで来る。実に幸せな時間。これのために頑張って仕事をしているようなところもある。

 

 すると不安になって来るのが、「いつまでLIVEに行けるの自分」「いつまでLIVEやってくれるの推し達」ということ。前者は努力でカバー出来るかもしれないが、後者はどうしたって限界がある。自分と同世代か少し若いくらいのアーティスト、且つチケットが安定して取れるくらい、且つ良いLIVEをしてくれる...と考えていくとお先は真っ暗になっていく。

 色んな意味で、きっと「今」は奇跡なんだと思う。結構マジで。いつの日か死んでしまう日が来ることを考えれば、先を考えても仕方がない。まずはこの新青年ツアーに全力を傾けよう。全力で楽しもう。

継続することの難しさよ

 空いてしまった。もうぱっくりと間が空いてしまった。

 毎日更新とは言わずとも、こまめに更新を続けること、なにがしかを記していくことこそが大事なんだと思いながら、ゴールデンウィークなんて挟みながらもすっかり更新せずに今に至る。反省しかない。

 

 前回更新してから、と考えると大分期間が空いた。あの頃の自分は...と思い返しながら読み返してみる。うん、そんな気持ちだったなぁ。

 あの頃に想像していたこと、恐れていたことに関して、今はその只中に居ると言って良いでしょう。もう毎日大変。ストレス前回。嫌な事たくさん。ただ、想像しているよりも「嫌さ」のベクトルがちっとばかし違うようにも思う。

 

 もういい加減気付いてたし解っていた、「人はみな人である」ということ。大好きなあの人も、大嫌いなあの人も、何かが違うスーパーマンなんかではなく、自分と同じ人だということ。辛いことだってあるし、ちょっとしたことで喜んだりする。誰かに嫌われていることに気が付いていたり、苦手な人とちょっと良いコミニュケーションが取れたらほっこりしてみたり。小さなことで傷付いたり、幸せになったり。

 自分は人が苦手で、多くの人を等しく広く浅く嫌っている。それでも人はみんな人なんだと思うと、少しでも優しく接してあげたい衝動にもかられる。嫌い、踏みにじりたいような衝動もと同時に、自分が少し動くことで誰かが少しだけ癒されるなら、なんてことも思うようになった。

 

 それを他人には求めないし、そうしたからって見返りとかリアクションも求めない。自分がそうしたい、と思ったようにする。自分が少しだけ満足して、ただそれだけ。ただそれだけでいいじゃない?と思えるようなことが、少しずつ増えて来ている気がする。

豊作過ぎて辛い

 ちょっと前の自分、最近なんか良い音楽に出会えないなぁ、つまらないなぁ、なんて思っていた。期待高まる人間椅子の新譜は6月とかなり先(ちょっと前の自分にとってはね)。それまでは目ぼしい情報もなく、普段聴くのは聴き飽きた曲ばかり。そんなことを思っていたんだけれど、当時の自分をぶん殴ってやりたい。

 

 情報は取りに行ってナンボ。ホントにそう。便利になった今日この頃、最新の音楽情報なんてTL眺めてぼうっとしてりゃあ入ってくんだろ、なんて思っていたらあきまへん。

 

 あきまへんで。

 

 いや実際には流れていたんだろうけど、自分の目も一緒に流れていて、完全に見過ごしていたんだろう。ラムシュタインにはまったのはまぁイレギュラーだ。5月に出る新譜が待ち遠しくなったのはしょうがない。しかしふと気付けば、アイアンセイバー(最近はセイヴィアー表記?)が新譜出し、チルボドが新譜出し、摩天楼オペラが出せばNoGODも出すとな。

 

 完全にお金が足りない。貯金しておけ、少し前の自分。